2008年7月30日水曜日

コーリンや つはものどもが 夢の跡



上野を通りかかったので、潰れた、と新聞で読んだコーリンがどうなっているか行ってみた。店舗は完全に閉まっており、何でも社長が逃げちゃったかなんかで社員とトラブルになっているらしく、労働組合の赤い旗があちこちに張られていた。


この通りは、10代のころからちょくちょく来てて、私のへっぽこバイクライフを陰ながら支えてくれ、日曜日の昼間には色んな面白いバイクが入れ替わりたちかわりやってきて、たたずんでいるだけで面白いところだったんだけどなあ。。





2008年7月29日火曜日

梅干し作りも最終段階へ



去年から作り始めた梅干し、今年は梅の選び方にちょっと学習効果をフィードバックさせて、去年よりも香り高いおいしそうな漬け上がりになった。これを天気のよい日を見計らって3~4日天日に干すと梅干し完成。しかし今年の夏は不安定な天気なので、雨にビクビクしながらここ何日か干しています。





2008年7月26日土曜日

セッション?@蒲田西口 立ち飲みたら福



この日はオッタンタのセッションに加え立ち飲み屋でもライブがあると聞いていた。しかし最近私が飲みに行こうとすると、愚息が強硬に反対する。火事がでたり大きな地震が起きたりして生き別れになってしまうかららしい。ならば一蓮托生、彼を連れて立ち飲み屋に行こう、というと二もなく賛成。なんじゃそりゃ(笑)


早く帰ろうと思い5時過ぎにたら福の暖簾(なかったと思うけど)をくぐる。まだお客は(K泉くんをお客とカウントしない場合)おらず、愚息の飲みものは店のメニューに適当なものがないので、マスターの厚意により近くの自動販売機でドデカビタミンなどという甘そう(カロリーオフと書いてあったが)で巨大な飲み物を買い持ち込ませてもらう。私は生ビールで乾杯。大人バンドかみそりさんと話しているとどぼるべA氏来店、やおらベースを取り出し、「スペインのキメ教えて」とぞのたまひける。翌日27日はやはり蒲田西口の居酒屋「すきずき」でライブがあり、出場できない私に代わってAHKとして出演するのだそうだ。私もベースをつなぎ個人練習状態。夏の夜の気持ち悪ーいベース二重奏でしばし他のお客さんのテンションを下げる。


そうこうしていると桃尻さん夫妻、Junさん来店。何かやろうということになりJunさんの持ち歌を何曲かやる。Junさんらしく展開の複雑な曲を譜面なしで初見。うーむ、こういうのってベース泣かせだけど燃えるんだよなあ(笑)なんとかついていく。リズム的にはかなり暑いセッションになったと思われ。最後の「雨上がりの夜空に」は進行ちゃんとわかった。愚息は外で耳をふさいで他のオジサンたちと話していた、聴いてくれよ(;_:)


休憩に入って久しぶりに揃ったMHKメンバーとご歓談するが愚息が「もう帰ろうよ~」コールを始める。こりゃいかん。MHKはまだたら福では演奏したことがないので、何とか演奏できないか、といって集まったのに。。。演奏の準備をしていた今日のメインゲストである原田先生にご遠慮願って再び演奏開始。オリジナルMHKで3曲いつもの曲を演奏する。Kくんのドラムはスネア1つ、なおかつ来たばかりでガソリンも入ってないのに素晴らしいプレイだった。愚息が物陰から真剣にKくんのドラムをみていたのが印象的だった。


演奏が終わってひとしきりみんなに挨拶し、愚息と二人たら福をあとにする。原田先生に


「いい音出てるねえ」


と言われたのが嬉しかった。


「でもこれフレットレスなんで音程が安定しないんですよ」


と言うと、


「いいじゃん、そんなの。俺なんか生活が安定しないよ」


と言われた。。。。





2008年7月21日月曜日

式根島の海



3連休は式根島に行きました。竹芝桟橋からジェット船で2時間半、東京湾外に出てうねりで気分が悪くなったころで島に到着です。港には何もなく、民宿の迎えの車がずらーっと並んでいます。港の海の色も東京湾のおしるこ色ではなく、きれいなブルーでした。


東京より南なのだけれど、日陰に入ると涼しいです。そして自然と人のバランスがいい感じ。島民800人、3連休は同じくらいの数の観光客が来島してたようですが、それでも人が少ないです。ビーチに行っても人はポツポツとしかおらず、海を満喫できます。海岸の横のほうには温泉が湧いていました。暖かい汐だまりかな、と思って足をつけると海水より底の砂のほうが熱い。足で掘ってみると熱いお湯が出てきます。これは気持ちよかった。海の水はそれでもけっこう冷たいので、一度温泉に入ると出られなくなります。はたから見ると大きな海岸の小さな汐だまりに老若男女がギュウギュウに入っていて、不思議な光景でした。


シュノーケルを使って海中散歩もしてみました。浅いところではきれいな色のキビナゴの群れが泳いでいました。深いところに行くと、大きな岩があり、そこにびっしり色とりどりのイソギンチャクがくっついていて、周りでは小さくてカラフルな熱帯魚が舞い踊っています。深いところは透明度も上がるので、遠くの魚もきれいに見えます。30cm以上あるサバが群れで泳いできたときには感動しました。近づいても全然逃げない。サバと一緒に泳ぐ、みたいな感じになり、自分が魚になったようでした。


夜は釣りをしました。堤防に行って竹竿に糸を付け、サビキで釣ると面白いように魚が釣れます。最初は小さい食べられなさそうな魚だったのでリリース


していたけど、そのうちゴマサバが入れ食いになり、30cmを超えるようなものがボコボコ釣れました。海面を懐中電灯で照らすと魚の群れが見えました。20分ほどで群れはどこかに行ってしまったのか、音沙汰はなくなりました。


宿に帰ったら漁師でもある宿の主人がサバをサバき、酢をつかって〆サバにしてくれました。でも取れたてだから味はほぼ刺身でした。3時間前には生みに泳いでいたさかななので、そりゃ新鮮でおいしかったです。


東京からこんな近くにこんないいところがあるんですね。スキンダイビング用品をもう少し揃えてまた行きたいなあ。。。





2008年7月16日水曜日

カイト・ランナー / カーレド・ホッセイニ



カイト・ランナー


6月に難民映画祭というのが東京で開かれていた。この映画祭の最後に上映されたのが「君のためなら何回でも(原題:Kite Runner)」だった。見に行きたかったけど教えてもらったのがその日だったので、逡巡していた。調べてみると原作が邦訳されていることがわかり、本を読もうと思い、取り寄せて読んでみた。


読むと、まずかなり驚いた。イスラム圏の人々の日常生活が克明に描かれている。男女間の交流やお酒を飲むことが禁じられ、一日に何度も礼拝することが義務付けられている文化に住む人はどのような生活をしているのだろう?と常々思っていた。どうやって結婚するのだろう?恋愛をすることはないのかなあ?など。


私の疑問に対してかなりクリアなイメージを与えてくれる本ではあった。アフガニスタンを舞台に人々の生活(といっても主人公はかなりの上流階級に属する)がカブールでどのような暮らしをしていたのか。内戦で命からがら祖国を脱出するときにどのような体験をしたのか。亡命先のアメリカでのアフガニスタン人社会ではどのようにふるまったのか。まずこれに驚いた。


さらに、本来のストーリーは読んでて目を背けたくなるような、顔をしかめてしまうような情景がたくさん出てくる。何でもありな韓流ドラマもびっくりな試練が次から次へと出てくる。著者がどこまで実体験をしたのかはわからないが、読むに堪えない、読んでてつらくなるこれらの展開は、ある程度の実体験を下敷きにしないと書けないような気がした。しかし、アフガニスタンの歴史、そして現状がここまでひどいとは。


辛すぎてややもするとメロドラマになりそうな展開ではあるのだが、著者はこれらの試練の描写にたけている。冷徹な視線から言葉が紡がれ、伏線もきれいに張ってあって、一気に読んでしまう。


読み終わって、日本に生まれ、ここで色々な人に囲まれて全く平和に今日を生きていることに感謝したいと思った。ここから何千キロしか離れていないある国では、現在でもこんなに悲惨な状況があるのだ。考えさせられた。







2008年7月15日火曜日

ワイシャツにアイロン



をかけるのは大の苦手であった。今までは基本的にクリーニング屋にお願いしていた。しかし、安いクリーニング屋に出すからなのか袖のボタンがボロボロになって戻ってくることが多かった。粉々になっていなくても、朝シャツに袖を通してボタンを留めようとするとボタンが粉々になって崩れることが何度もあり、かなり不快だった。カミさんが育休で休みの間は、丁寧にアイロンをかけてくれていたのでそのような思いをすることはなかった。しかし、育休は終了しカミさんは職場復帰した。


こうなったら、苦手科目に敢えてチャレンジし、克服するしかない、と思いたち、アイロンを自分でかけることにした。しかしやみくもにかけてもうまくいかないだろうと思い、ネットで調べるとワイシャツへのアイロンのかけ方を解説しているページがあった。


ワイシャツのメンテナンス


メンテナンス作業中です : 富士通


これを見ながら見よう見まねでやると結構きれいに仕上がった。時間はかかるし、暑いんだけど、ハードロックを聴きながらの深夜のアイロンがけは、かなりストイックでロックな男の世界だ(笑)


クリーニング屋関係者、またワイシャツのアイロンは自分でかけ続けて80年だぜ、などという先達がいらっしゃったらコツを聞いてみたいものである。コメントお願いします。





2008年7月14日月曜日

帰り際に一言



6時前に会社を出ようとしたら、エレベーターの中で同僚から。


「○○さんは会社と家庭のバランスが取れていていいなあ。」


私も一言。


「いいえ、まったくバランスは取れていません。完全に家庭優先ですから。」





2008年7月9日水曜日

車検



会社を休んで品川陸事に行き、バイクの車検を受けてきた。一発合格。そして自賠責が安くなっていて、非常に車検費用が安く済んだ。










項目金額
自賠責保険(24か月)13,400
自動車重量税5,000
検査印紙1,700
合計20,100

その後3種類のオイルを全て交換、オイルフィルターも交換。


これで完璧な状態になった。


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今年は何キロ走れるかな。ちなみに前回の車検から二年間での走行距離(車検証に書かれている)は、1,100kmだった。。。





2008年7月7日月曜日

5円玉



今日富国生命ビルB2Fのらーめん香月というところでパーコーメンを昼飯に食べた。どんなものかと期待してたらラーメンの上にコットレットアラミラネーゼがのっていた。ちょっと油っこかった。


お金を払おうとして10円を5円玉二枚で払おうとしたら『うちは消費税モニョモニョ(聞き取れず)なので。。』と日本語が少し不自由な店員さんに受け取りを拒否された。どういうこと?外の湿気が一段と不快に感じられる出来事だった。





2008年7月3日木曜日

まいど!横山です / 横山やすし



なんとなく昔から横山やすし、という人が気になっている。大田区が誇るやすしーずというバンドもあるし(笑) 彼が書いた本が何冊かあるということなので読んでみた。この本の前にもう一冊、「遺作 横山やすし日記―浪速男の意地、笑い、涙」という本を読んだのだが、こちらはやっさんがボートをしていた時分のボート日記だった。何月何日にどこでどのようなレースを走り、そして何着だったか、そういうことがほとんどだった。だから彼の人となりはなんとなくわかるのだけれど、術語の羅列であまりおもしろくなかった。


しかしこちらは面白かった。彼の言葉で彼の半生が描かれている。これはゴーストライターじゃないな(笑)っていうくらい無骨で変なところもある文章なのだが、彼のパーソナリティーがよく出ていると思う。彼はものすごーく純真で(目的に対して)真面目に必死に取り組む人なんだなあ、というのがよくわかった。中学校卒業間際に漫才のテレビで優勝し、卒業してからすぐお笑いの道に入り、そこから芽が出るまでに10年以上かかっている、という苦労人だったことも始めて知った。


彼は色々な事件を起こしたり社会的な制裁を受けていたけれども、社会、またはそこからの制裁に対して彼がどう考えていたのか、彼の考えも面白いものだった。彼は絶対もう一度再起して日本一になるのだ、という信念を確実に持っていたので、制裁にも耐えて見事日本一の漫才師、という称号を手にすることができたのだな。彼は自分のキャリアプランを本当にしっかり持っていた、と思う。社会的にどう見られるのか、というところはそれに比べてほとんど重要性がない、とも言い切っている。すごい。


しかしこの本は一度目の謹慎処分が解けて日本一になるくらいのところで終わっている。その後会い方が参議院選に出馬して当選、国会議員になって思うように漫才ができなくなり、生活が荒れ(久米宏のTVスクランブルに泥酔して出たり来なかったりしてた記憶が私にもある)、そして再び事件を起こしお笑いの表舞台から消えてゆくのだが、その過程で彼が何を考えたかについてはこの本にない。


思いっきり漫才をやりたかったんだろうなあ。。


まいど横山です―ど根性漫才記 (徳間文庫 412-1)


遺作 横山やすし日記―浪速男の意地、笑い、涙





2008年7月2日水曜日

お掃除おばちゃん



オフィスでおばちゃんがお弁当ガラなどを入れるゴミ箱のビニール袋を交換していた。小柄なおばちゃんは新しいビニール袋を大きなゴミ箱の底まできれいにセットしようとし、体が半分以上ゴミ箱に入っていた。


ゴミ箱から足が出ているように見えてぎょっとした。。。





2008年7月1日火曜日

看病



愛娘の風邪がよくならず微熱が続いている。日中は私が看病している。最初はおっかなびっくりで冷凍母乳をあげたり、離乳食をありえないくらい食べ散らかしてくれたり戸惑うことも多かったが、大分慣れてきた。


二人水いらずの時間を過ごしております。








あ、起きた。。。